拙サークル「三畔雑志」が同人誌として発行した『概説 台湾・旧青文版ドラえもん 1・2』(2015年8月、C88初売り)より、『1』にあたる部分を公開することにしました。そもそも『概説 台湾・旧青文版ドラえもん 1・2』とは、

1.『概説 台湾・旧青文版ドラえもん』(2012年12月、C83初売り)
2.『概説 台湾・旧青文版ドラえもん 2』(2014年8月、C86初売り)

上記2号をまとめた総集編として頒布したもの。『1』の内容は大幅に加筆修正したうえで、ネオ・ユートピア様の会報『Neo Utopia 第55号』に特集記事として掲載させていただいております。しかし一部の内容は掲載を見送ったため、補完する意味でここで公開させていただきます。

 あなたはご存知でしょうか。かつて台湾で、漫画『ドラえもん』の高品質な模倣作品が何年も描かれ続けていたことを! そしてその貴重な作品群が、絶版書として消滅の危機に瀕していることを! 日本のドラファンにももっと知っていただきたい…。
 本記事は、その作品が連載された『機器貓小叮噹』(青文出版社)や周辺作品、および周辺状況の紹介を目的とするものです。海賊版の流布・賛美が目的ではありません。


第一章 なぜ青文ドラは人を魅了するのか

 1996年9月、マンガ『ドラえもん』の作者である藤子・F・不二雄先生が他界。大長編の新作は他界直前まで執筆を続けた一方、短編の新作は1991年が最後です。

 そんな中、1998年から翌年にかけて藤子プロのむぎわらしんたろう先生が連載した『ぼく! ミニドラえもん』。ドラの代わりにミニドラが活躍する作品なのですが、その主役交代を除けば作品内容はまさしく『ドラえもん』の短編マンガそのもの。藤子F先生の亡きあと、まさか短編ドラの新作を読めるなんて夢にも思っていませんでしたから、当時のドラえもんファンは大いに歓喜したものです。


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▲参考1(画像は『月刊コロコロコミック』1998年5月号(小学館)より引用)


 藤子F先生が亡くなってから、『大長編ドラえもん』は藤子プロの岡田康則先生、あるいはむぎわらしんたろう先生によって執筆が継続されています。原作によく似た筆致であるため、大長編ドラの新作を読みたいという欲求は解消されました。しかし残念なのは短編です。『ぼく! ミニドラえもん』はおもしろかったものの、計5話しかかかれず未単行本化。それ以降、藤子プロによる短編ドラはかかれていません。
 ああ、もう短編ドラの新作は二度と読めないのか……とあきらめかけたあるとき、ついに私は青文ドラに出会ったのです。短編ドラの模倣作品を大量に発表していたという事実をしったときの喜びは、とても言葉で表現できるものではありません。模倣作品でありながらドラファンを魅了する青文ドラ。その全容を紹介していきます。


第二章 略歴

1.香港での始まり

 日本で『ドラえもん』の連載が始まったのは1969年12月。香港では1971年に『兒童樂園』(兒童樂園半月刊社)という子供向け隔月刊雑誌でドラの連載開始。「叮噹」というタイトルで、正方形に近い版型にあわせるよう改変されていました。海賊出版ではありますが、それが日本国外における『ドラえもん』の最初の出版事例だといわれています。日本ではアニメ化も単行本化もまだだった時期に、兒童樂園は早くも『ドラえもん』の面白さに目をつけていたのです。


2.台湾による輸入

 その人気に目をつけた台湾の当時の青文出版社社長は、1976年より海賊版ドラ『機器貓小叮噹』を刊行開始。第1巻および第2巻は『21エモン』のドラ化改変で、第3巻は、1974年7月に日本で発売されたばかりのドラ第1巻と同じ収録内容。日本の単行本や雑誌連載を翻訳して収録するスタイルになっています。その売れ行きは芳しく、その波に乗るべく20社以上の出版社が次々と消えては現れ、最盛期には10社以上の出版社が同時に『小叮噹』のマンガを出版していたようです。といっても、青文出版社以外の本は奥付が適当だったり、他社の海賊版を勝手に収録したり、そのために書体がバラバラだったり、翻訳する際の修正が適当だったりと、青文出版社とそれ以外の本との間にはっきりとクオリティの差が確認できます。

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▲参考2(黃彬彬 編『機器貓小叮噹 161』青文出版社、中華民國77(1988)年12月19日発行)
サブタイトル:「水的感覚筆」(和訳例:水の感覚ふで
第160巻付近から質・内容ともに高いレベルの作品が掲載されるようになります。


3.ライセンス動く

 台湾では1966年に「編印連環圖畫輔導辦法」、つまり「漫画審査制度」が施行され、1987年にいたるまで台湾製のマンガに厳しい規制がかけられていました。1975年になると日本製のマンガの審査が開放されます。よって日本のドラは堂々と台湾に輸入され人気を博しました。その後、1992年6月に著作権法が改正され、海賊版の販売が禁止に。青文出版社の『機器貓小叮噹』もご他聞にもれず、230巻まででドラの掲載を打ち切り、第236巻において『機器貓小叮噹』は書名を変更。約20年に渡る海賊版ドラの歴史はここで終止符を打ちます。

 後日、ドラの著作権を持つ小学館が台湾を訪れたのですが、当時青文出版社の社長は中国を訪問中。台湾でのドラの出版権は大然出版(大然文化事業公司)が取得してしまいました。ところが大然出版は手を広げすぎて、2003年3月末日付で倒産。そこですかさず青文出版社はドラの版権を取得。2004年11月からドラ関連出版物を売り出し、今では藤子F大全集版のドラ単行本をも発行しています。その後の大然出版はというと、果然出版へと名前を変えて2008年に復活し、2010年には中国初の少女マンガ雑誌を創刊させたということです。


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▲参考3(黃寄萍 編『機器貓小叮噹 230』青文出版社、中華民國81(1992)年10月15日発行)
「驅雨葉片」(和訳例:雨やどりの葉)
旧青文ドラ短編の最終作。最後にかかれた短編というだけであり、最終回的要素はありません。


4.小叮噹から哆啦A夢へ

 台湾に著作権の概念が行き渡ってからもしばらく、中国、香港、台湾、マレーシアでのドラの中国語名は「小叮噹」(香港は「叮噹」。中国では「机器猫(机=機)」とも呼ばれた)となっていました。一説には、この現状を目にした原作者サイドが、一九九七年にドラの海外名を原音に近いものへと変えてほしいと遺言で要請。協議の結果、大然版の訳名を採用することとなり、「哆啦A夢」(香港は「多啦A夢」)へと改称することになったそうです。しかし「叮噹」は鈴の音をあらわすきれいな言葉
であり、また中国語圏の人にとって発音の響きがよく、しかも二十年近く愛されてきた呼称。新しい名称に「A」(A片=アダルトビデオ)が入っているというのも微妙です。現在、正式な名称は「哆啦A夢」ですが、愛称として「小叮噹」を使ってもかまわないとされています。


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▲参考4(許立昇 繪『機器貓小叮噹 116』青文出版社、中華民國75(1986)年10月発行)
てんとう虫コミックス第6巻収録「赤いくつの女の子」の後日談です。絵柄にくせがあるのが難点。ノンちゃんとのび太のラブラブっぷりがまぶしい一品。


第二章 青文出版社の機器貓小叮噹

1.旧青文版が収録している短編

・原作者の別作品……藤子・F・不二雄の別作品をドラ化改変したもの
・原作者以外の『ドラえもん』……学習マンガやドラえもん百科など
・藤子不二雄Ⓐ作品のドラ化改変

 青文出版社の機器貓小叮噹では、原作とともに右記のような作品を収録しています。さらに特筆すべきは、青文出版社所属の漫画家による完全オリジナルのドラ! 作画担当者名は黃彬彬となっていますが、これは当時の青文出版社社長の妹の名前を合同ペンネームとして用いたものであり、彼女がかいたわけではありません。劉明昆、許培育、楊永明、孫家裕などの漫画家がかいていたようで、そのため絵柄にばらつきがあります。うまい人は、まるで藤子・F・不二雄の再来かと思わせるような絵柄をみせてくれます。


2.海賊版の大長編ドラえもん

 『大長編ドラえもん』(以下、大長編ドラ)の翻訳もいろいろな出版社が行っていました。しかし多くの版では、フキダシ中にある活字のオノマトペは活字のセリフと同様に翻訳しているのですが、手書きのオノマトペは翻訳していません。ライセンス取得済みの正規版でも同じなのです(ただし手書きオノマトペの翻訳や解説を欄外に書くことがあります)。
 ところがライセンス未取得時代の青文版出版社は大長編ドラの単行本において、手書きのオノマトペの書き換え翻訳を行っていました。多くの場合、小さい文字の場合は活字を使いますが、装飾された手書きオノマトペの場合は、なんと翻訳も手書き! 原作と比較しても遜色なく、周囲に違和感なく溶け込んでいるのです。まさに職人芸、文字どおりの芸コマです。ここまで徹底的に翻訳した大長編ドラはほかにありません。ただし旧青文版大長編ドラは『のび太と雲の王国』までしか発刊されておらず、またオノマトペの手書き翻訳は『のび太の日本誕生』までしか行われていません。大長編ドラ全巻を旧青文版でそろえることは残念ながらできないのでした。
 しかし旧青文版『雲の王国』には優れた点がひとつあります。日本の単行本でも台湾の正規単行本でも読むことができない、『雲の王国』小説版を収録しているのです。


3.オリジナル版? 雲の王国

 実はコロコロコミックでの連載当時、第4回まで連載したところで、作者の急病のために藤子プロ(おそらく西田真基)による「のび太と雲の王国 完全ビジュアル版イラストストーリー」を第5回、第6回(完結編)として連載。「のび太と雲の王国完全ビジュアル版イラストストーリー」はたとえるなら挿絵の多い小説であり、日本では「のび太と雲の王国」の単行本化は見送られました。のちに藤子が連載第五回、第6回(完結編)にあたる分を「のび太と雲の王国 完結編」と題して自ら執筆し、それをもとにようやく単行本発売。これにより小説版は不要になり忘れられました。小説、映画、マンガの三バージョンは話の大筋は同じなのですが、いずれも細部が異なります。その中でも小説だけが現在は読むことができず、不遇な扱いになっているのです。海賊版の単行本は海賊版であるがゆえに、皮肉にも幻の小説版を収録できたというわけです。さらにいうと、当時台湾で青文出版社以外が出した大長編ドラ単行本の中には、連載時の扉絵までそのまままとめて単行本化しているものもあります。青文出版社と同じく大長編ドラ単行本は『のび太と雲の王国』までしか存在しません。連載前の「読者のみなさんへ」まで読めるのは台湾の海賊版だけ! ただし肝心の作者コメントを日本語で読めないのが難点です。


4.旧青文オリジナルの大長編ドラえもん

 かつて青文出版社はオリジナルの大長編ドラを発表していました。原作の第12作までのラインナップは以下のとおり。
  1. のび太の恐竜
  2. のび太の宇宙開拓史
  3. のび太の大魔境
  4. のび太の海底鬼岩城
  5. のび太の魔界大冒険
  6. のび太の宇宙小戦争
  7. のび太と鉄人兵団
  8. のび太と竜の騎士
  9. のび太の日本誕生
  10. のび太とアニマル惑星
  11. のび太のドラビアンナイト
  12. のび太と雲の王国

 それに対して旧青文版は10作目までは同じものので、「のび太のドラビアンナイト」が12作目にきています。それ以外はなんとオリジナル作品。旧青文版のラインナップは以下のとおりです。

 11. 微星大作戰(のび太のミクロ星大作戦)
 13. 大雄精靈世界(のび太と精霊世界)
 14. 超次元戰記(のび太の超次元戦記)


 旧青文版はさらに「新大長編ドラえもんシリーズ」全4巻へと続きます。

 1. 大雄光之旅(のび太と光の旅)
 2. 西遊記(のび太のパラレル西遊記)
 3. 大雄模擬地球(のび太の模擬地球)
 4. 大雄夢冒險(のび太の夢冒険)


 『のび太と光の旅』には「精霊世界Ⅱ」という副題もあり、『のび太と精霊世界』とは前後編の関係。『のび太のパラレル西遊記』は同名の映画のコミカライズです。唯一マジメなSF作品なのが『のび太の模擬地球』。結末が駆け足気味なのが残念ですが、冒険の動機や終盤ラストバトルまでの流れはすばらしく、藤子F先生を思わせる整った筆致が美しいのも最高です。旧青文版で「大長編ドラ」という名前を飾るにもっともふさわしい作品といえるでしょう。また、ドラの世界観からかけ離れている部分が多々ありますが、『のび太と精霊世界』『のび太と光の旅』『のび太の超次元戦記』は純粋におもしろいといえる作品です。
 『のび太のパラレル西遊記』と『のび太の模擬地球』を除く5作品に共通していえる残念なことは、のび太たちが最終的に聖闘士星矢やドラクエⅢのような鎧や衣服に身を包み、なぜか剣やら魔法やらでやたらカッコよく戦うこと。最初の作品『のび太のミクロ星大作戦』と最後の作品『のび太の夢冒険』は特にツッコミどころが満載ですが、途中から絵が雑になってくるというダブルパンチのおかげで読む気も薄れるのか、ツッコミを入れる人もあまりいません。旧青文版大長編ドラの最後をしめくくる作品が『のび太の夢冒険』というのがなんとも残念な話です。

 前述のように、青文ドラの真骨頂は短編にあると思います。藤子F先生も賞賛し、かき続けるよう提案、さらにドラシリーズに加えてはと提案した(2010年1月の台湾新聞報道より)という青文ドラ短編が、正しく理解される日がくることを願って。

幕間

 以上、『概説 台湾・旧青文版ドラえもん』(第1号)の内容を多少圧縮してお届けしました。私が初めて単独で作り上げた同人誌であり感慨深いです。ただ読み返してみると、文章が稚拙だったり、話が横道にそれすぎて内容が薄かったりと恥ずかしい……。ちなみに初売り時はコミケ初参加で全然売れませんでした。

 ところで、青文ドラの入手法について質問をいただくことがあります。方法はいろいろあるかと思いますが、私は台湾のネットオークションを利用しています。代行業者に支払う代行手数料や航空便送料を合わせると、1回の取引で1万円はかかります。複数の商品をまとめて購入すれば多少は抑えられますが1万5千円は覚悟しないといけません。基本的に台湾のネットオークションでは単一の商品ページで複数の商品をまとめて販売し、質問欄で分売交渉に応じてくれる出品者が多いようです。参考になれば幸いです。
2017/02/16 23:10 …… 記事タイトル修正
2017/02/16 23:29 …… 誤字修正
2017/02/16 23:32 …… 和訳済みエピソードは和訳紹介記事へとリンクを張った